「自分のことよりみんなのこと」
「こういう時はね。みんなのことを優先してやるの。自分のことは後回し。」
知床シーカヤックに参加した際に新谷さんから言われたことだ。
ロブチェの街のできごと
標高4940mにあるロブチェの山小屋。山に囲まれた窪地にあり、ずっと日陰にある印象だ。
血中酸素が70%台か80%台かで一喜一憂する。
みんな顔が青白い。
食欲がなく、辛ラーメンの辛さ抜きの汁だけ飲む。

急に周りが慌ただしく動き出す。
ネパール語が飛び交う。アミットさんが日本語で説明してくれる。
「今すぐ馬で下山するか、夜の間は酸素ボンベを当てて朝のヘリコプターで下山するか、どっちがいいか。」
メンバーのひとりの高山病の症状が悪化した。

不安を抱えて
その日の夜は怖かった。
隣で酸素マスクを当てて付き添っていた人、下山するメンバーの荷物をまとめていた人、夕食の後の掃除や片付けをする人、電話で下山後の手配をする人。
自分も酸素を吸った方がいいんじゃないか、朝ヘリに同乗した方がいいんじゃないか、この先で倒れたらまたヘリコプターを呼ぶのか、この先に進んでいいのだろうか。
それぞれの不安を抱えながら、血の気がなく青白い顔で、みんながみんなのために動いていた。

翌朝6時。空が明るくなってきた頃、ヘリコプターがやってきてメンバーの一人をカトマンズまで搬送した。
残ったメンバーは変わらず青白い顔をしたまま朝食を摂って、エベレストベースキャンプに向けて出発した。

それぞれの場所で
貴重な経験を鮮明に覚えているのは、エベレスト街道を歩いている最中に見ていた景色が圧倒的だったからだ。
起こった出来事と感じたこと、その時考えていたことや話していたことは景色と繋がって、鮮明に記憶されている。

Namche Bazarで初めて見たエベレストは、大きさよりも遠さに驚かされた。相当な時間をかけてここまで歩いてきたのに、エベレストがはるか先に見える。世界一というのはあんなにも遠いところにあるのだ。

Tengbocheの朝は神を感じずにはいられなかった。
モネストリーから響きわたるお経の音で目がさめる。外に出ると朝日に照らされたエベレストとローツェ、ヒマラヤの山々。
言葉が出なかった。思考が完全に止まる。
仏教と自然が繋がっていることを感じる。
心と体が自然の中に入っていく。

Dingbocheではいよいよ4000m超。
アマダムラムの存在感。夜の星と満月の明るさ。もうここはこの世ではない。

4500mを超えるといよいよきつい。
「順応」すれば楽に登れるというが、「順応」するには順応させないといけない。
ストレスをかけてその環境に身体を対応させる。
順応したら楽に感じるのかもしれないが、順応するまでが辛かったり苦しかったり。
その心に逆らわず、無理をせず、ゆっくりゆっくり。

自分のことよりみんなのこと
そして、冒頭でも記した4910mのロブチェ。
メンバーのひとりが体調悪化。血中酸素が40%台。
急に慌ただしくなる。
酸素ボンベが用意され、ガイドのバルさんが一晩中付き添って酸素をあてる。
残りのみんなは荷物をまとめたり、通訳したり、明日からの予定を考えたり。
みんなが体調が悪い中、自分のことじゃなくてみんなのことをやっていた。
みんながいっぱいいっぱいの中、みんなのことをやっているのに、自分のことでいっぱいいっぱいなのが情けなくなった。

ロブチェでの壮絶な景色の中、思い出したのは知床シーカヤックの景色だった。
知床でガイドの新谷さんに言われた言葉。
「自分のことよりみんなのこと」
「こういう時はね、みんなのことからやるの。自分のことは後まわし。」

景色と出来事の記憶はつながっている
景色とその時に起こった出来事の記憶はつながっている。
エベレストベースキャンプへの旅は目の前に広がる景色が強烈だった分、起こった出来事やその時に考えたこと、感じたことの記憶も鮮明に記憶されるはずだ。

その記憶はどんなメッセージを投げかけてくれるのか。
思い出す景色とともに蘇る記憶は、これから進む道で大きな力となるだろう。
僕はエベレスト街道を歩いて見た景色をメッセージとして受け取って、言葉として記憶しているかもしれない。

Yoshi
Sproutのオーナー
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