「こういう時はね、みんなのことからやるの。自分のことは後まわし。
これをなかなかできる人はいないんだから。
みんな自分のことばかりでいっぱいいっぱいになっちゃう。
俺はみんなのことばかりやるから自分のことを忘れちゃうんだけどね。
それもどうかと思うけどね。」

この言葉は僕の中で大きな大きな言葉として心に残った。

タープ
シーカヤックでのツアー中は新谷さんと一緒に参加した仲間と3人で毎晩同じタープの下で寝た。
最初の夜は床や壁のないタープでワイルドな自然の中で眠る開放感がありながらも、ヒグマやエゾシカ、キタキツネなどの動物を警戒しての緊張感や、寝ている身体の下で動くフナムシやエビが気になってなかなか深い眠りができなかった。

それでも「タープはいいよー」と新谷さんから聞き続けているうちに、設営や撤収の早さ、地面の温かさや凹凸を直に感じて眠ることに徐々にタープで寝ることが心地良くなっていき、風を感じ波の音を聞きながらすっかり熟睡できるようになっていた。

タンデム
ツアー中に1日だけ新谷さんと二人乗りのタンデム艇を漕ぐ機会に恵まれた。
知床岬付近の岸沿いを漕ぎながらこれまで何十年も漕ぎ続けてきた出来事や自然から得たことを直接聞く時間は貴重な時間で、ひとつひとつの言葉が心に残った。

漁師の方々が海の上で働く姿を見て感心していると、「あの人たちの動きはすごいだろ。常に次の作業のことを考えて動いてるんだ。しゃべってばかりで何も手を動かしてなかったら、あっという間に時間が経っちゃうからね。8時とかに起きてゆっくりしゃべってたら怠け者って言われちゃうんだよ。」

数年前のツアーで風が強く海が荒れ、停滞しなくてはいけなかったという場所を通る時には、「風は川ではない、待てばいつかやむ。」
新谷さんの本で何度も出てきた言葉だった。
実際にフィールドで聞くとその意味がよくわかる。
自然の前で人は何もすることができないのだ。

つづけること
ニセコ雪崩情報や知床エクスペディションを何十年も取り組み続けてきていることについては、僕がスキーパトロールをやっていた頃にも伺ったことはもちろんあったが、ベースでもあるロッジ・ウッドペッカーを50年もやっていることについては聞いたことがなかった。

27才の頃にはじめて昨年で50周年を迎えたそうだ。
はじめの3年くらいは大工をやったり農家さんの手伝いに行ったり、そうしたら山に行く時間がなくなり、これではダメだ、何のために宿をはじめたんだとなり、大工や農家に行くのをやめたという。

「家はいつまで経ってもボロボロだけどね」と笑いながら話す姿は、若かった頃に潔く道を選択し、その道を進み続けている気持ち良さがあった。

行動
ツアー中は決まった時間がふたつあった。

ひとつは朝の3時半の起床時間。
どんなに遅くまでお酒を飲んでいても、朝の3時半に目を覚まし、外へ出て焚き火を熾す。
大きなヤカンでお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
「みんなー、コーヒーできたよー」という声でみんなを起こす。

ツアーの後半になると「自分のことより、みんなのこと」と学んだみんなが先に起きて自分のできることでみんなのことをやっていた。
自分のことをやるよりもみんなのことを一所懸命やることでひとつのチームになり、一体感が増した。

もうひとつは夕方の16時。
ラジオの気象情報を聞き、実況天気図を書く。
知床の人里離れたところは電波が届かないので、インターネットの天気予報は見ることができない。

ラジオの気象情報が唯一頼れる情報だ。
しかし、気象情報の音声を聞いただけでは何もわからない、そこから天気図に起こすことで広範囲での天気の全体を俯瞰して見ることができ、その流れを読んで予想することができる。

その他にも風の流れや潮の流れを常に観察することでちょっとした変化を捉えることができ、行動を考えることができる。冬の雪の観察と同じように、常に周りを観察し、次の行動を備える。

ないものはつくる
出発の前日に艇のハッチのフタがなかった時に、同じ形の艇のハッチのフタを型取ってFRPで同じものを作った。
ラダー(舵)を操作するペダルが外れていたときは落ちていた丈夫そうなロープをナイフで切って結びつけた。
浸水がひどい艇も昼食時に艇を乾かしてFRPで補修した。

台風の中の焚き火で薪が濡れて火が消えてしまうのを防ぐために、ビニール傘で屋根を作っていたが「あずましくない」と落ちていたトタンを折り曲げて三角の屋根を作った。

使用していたタープも、もともとはモンベルのビックタープなのに破れた箇所がいくつもパッチで補修され、ホグロフスのロゴの布まで貼ってあり、元の原型はなかった。

ないものはつくる。壊れたものはなおす。
共通して言えることは「その場にあるもの」。
ひとつひとつに物語がある。その場にいた人、その場にあったもので、できることをやるから物語が宿る。他にはない、誰にも真似できない唯一無二のものになる。
それは何よりも「カッコ良かった」。
つくろうとしてできるものではない。

冒険
地道な努力と修練の積み重ねの大切さは何もアウトドアの世界のことだけではない。
レジャーの延長とか競争とかではない世界。
思いやりと助け合いを持った世界だ。

僕は今、冒険をしている。
SPROUT、Camp&Go。
カタチは違い、シーカヤックや冬山などとは全く違うように感じるが、僕にとっての大冒険だ。
そこには多くの人が関わり、多くの人の物語が宿っている。
僕にとっての「やるに値すること」がこのカタチだったのだ。
これからもまだまだ冒険は続く。
自然の中で、本物の冒険から学んだことを決して忘れない。
冒険を続けてきた人から学んだことを受け継ぎ、次に繋げていきたい。

Yoshi
Sproutのオーナー
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