毎年春の恒例となっている細板・革靴というクラシックなスタイルでのニセコ連峰をスキー縦走するNiseko Haute Route(ニセコオートルート)も今年で10年目を迎えた。
強風と氷
10年目の集大成と意気込んで出発したが、登り始めて2時間ほどで雪の斜面は氷となりブーツに装着していたスキーをアイゼンに付け替えた。
初峰の岩内岳ピーク直下は強風で立つこともできず氷の斜面で身動きも取れないような状況だった。
風の当たらないところと安全にアイゼンが刺さる場所を探しながらピークを回り込み、ようやくNiseko Haute Routeの縦走路の入り口に辿り着いた。

とはいえ氷の斜面であることには変わりない。
カチカチの氷の上ではスキーを履くこともできず、また、少し緩んだ場所でも氷が分厚いクラストになっていて、一度はまってしまうと抜け出せず、コントロール不能で暴走するしかない。
僕らは自然の中で何もすることができなかった。

パラレルワールド
とてもスキーを楽しめるようなコンディションではなかったので、スキーを履いて歩くことを楽しもうという気持ちに切り替えた。地図を見ながら氷の斜面を避ける安全なルートを選び、歩を進める。そんな僕らのお目当ては途中にある五色温泉であったかい湯に浸かってビールを飲み、ポカポカになったからだでご飯を食べることだった。

2日間歩き続けてたどり着いた五色温泉はメンテナンスのため休業だった。
20年以上もニセコに住んで休館日の五色温泉に当たったのは初めてのことだった。
僕らは現実を受け入れられず、周辺をウロウロしたり、水たまりの温度を確認したり、意味不明の行動をとっていた。

夜19時過ぎに仕事終わりのメンバーの家族が車で迎えに来てくれて山の麓の温泉に連れて行ってくれたが、寒い中歩き続けて身も心も疲労して冷えきった僕らにとっては、夢のような出来事すぎて、振り返ってもまだ夢か幻だったんじゃないかと思ってしまう。

ノーピーク・ノーターン
思いもよらない天使のおかげで温泉に入れて120%回復できたおかげで、3日間ポジティブな気持ちで歩き通すことができた。しかし、3日間を振り返ってみると10座ある頂上のどこにも登ってないし、スキーでのターンも一回もしていない。岩内岳からニセコヒラフスキー場の麓まで50km弱の道のりをひたすら歩き通してきた。

10年目のNiseko Haute Routeはこれまでにないほど運や自然に見放された。
それでも終始笑っていたし、ゴールした後も楽しい気持ちでいっぱいだったし、もうやりたくないなんて言ってるメンバーはいなかった。
それは10年間続けてきたから感じられる境地のようなものかもしれない。

はじまりの場所
Niseko Haute Routeは学びの場だ。家から最も近い山域であるニセコ連峰を3日間かけてスキーで縦走するというだけなのに、同じルートだったことはないし、毎回ドラマがある。
はじめは20kg近くあった荷物も半分くらいになり、準備も前日の夜にさっとパッキングできる。慣れもあるのかもしれないが、これはこれまでの経験の分減った重さだと思っている。
また、あらゆる状況も楽しめるというメンタルも同じ仲間と続けてきたことの表れだ。
この仲間たちだからこそできた10年目だったのだ。

Camp&GoもこのNiseko Haute Routeからはじまったプロジェクトだ。
この旅での会話から生まれてCamp&Goはできたのだ。SPROUTの定番のブレンドコーヒーも旅をコーヒーで表現したもの。

10年間で旅は終わったわけではないが、ひとつの区切りにはなったと思う。
何もできなかった10年目のNiseko Haute Routeは新しい旅のはじまりにふさわしい旅となった。
過去のNiseko aute Routeの記事


Yoshi
Sproutのオーナー